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2015年2月

2015年2月19日 (木)

X60sをE450に買い換えた。16:9は本当にダメだ。

8年くらい使ったX60sであるが、この前新しいThinkPadを購入したので入れ換えた。長い間本当に使い倒した感。
いや、本当はまだまだ全然使えるのだが、電池が弱ってきて寿命。

で、35%オフにつられて新しくE450を購入したわけだが、やはり本体のスペックとは全く関係の無いところで使いにくい。液晶が16:9だからだが、作業に必要なドットピッチと文字の大きさの乖離が激しくて、もはや破綻している。
可読性の高いMSゴシックが存在するおかげで文字を書く作業はまだ楽だと言えるが、ClearType といういっちょ前な名前の付いた不完全なアンチエイリアスのせいで、いったいいつから時代止まってんだ感がもの凄いのである。

そもそも、現行のパソコン程度の解像度でMSゴシックほど可読性の高いフォントは存在しない。スムージングが必要ないのでぼやけが一切存在しないからだ。
ヒラギノやモリサワと比較しても、MSゴシックの方が私は優れていると考えている。ぼやけ感の少なさは、そのまま疲労感の少なさに直結する。要するに目が疲れにくいからって言うだけのことだが。
とは言え、ワタシも当然MS以外のフォントを使用する。見栄えが良いし、読みやすいので印刷物にヒラギノ明朝を日常的に使っているが、PC上の原稿の段階でヒラギノで書く意味を余り感じない、というか全く感じない。目が痛い。
マックでヒラギノでMSOfficeとか使ってる人を見ると、全てがかみ合ってないな、なんて思う。

で、16:9のフルHDというアホ丸だしな規格は、文字の可読性をMSフォントからも奪い去っていったい何がしたかったんだろうか。目が痛えんだよ。
そもそも、14吋くらいだと、以前は1600×1025とか1680×1050とかのエレガントな解像度が存在した。
それがだ。筐体の大きさなんてお構いなしにフルHDになったもんだから、今までWSXGAが入っていたノートパソコンに、1920×1080とか言うパネルをぶっ込んで来やがったわけだ。物理的な横幅が変わらないからどうなるかって言うと、蓋の縦幅が余って、画面が見た目に狭い。余ってる。16:9を推進した奴ら馬鹿なのか。

と言うわけで、こう言ういっちょ前なスペックなくせにぼやけてたり使いにくかったりするからPCは衰退してきてるんじゃないのか?っていうことから目をそらさずにいられないのが、情報メディアなんだろうなぁ。広告主が液晶作ってるからかどうか知りませんけど。
絶対情報サイトとか出版社の人たちはナナオとか三菱の16:10を大事に使ってるでしょ。文章書くのにHDとかあり得ないし。

なお、日本語縦書きだと、14吋もあるノートパソコンで、そもそも一行がWordでも一太郎でも100%で表示できない。高いお金払ってこんなだから買い換えても無駄なんだ感を増幅させてんだなと思う。
さらに言うと、レポートや論文でも、表示できる行が少なくて可読性が低い。

なんでテレビなんかとパネルを共用してんだろ。極端なことを言うけれど、テレビは玩具だよ?遊具。
なんでまじめな用途とか学術用途とか仕事の用途とかを玩具でやんなきゃいけないんだって話。
ノーパソなんて上蓋の上下余ってんだからそのまま1920×1200にでもしろよって思う。

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